松永安正の画境

文:詩人 松永伍一

 

   画家志望の若者の多くがフランスを目指していく傾向に抗するごとく、松永安正は美術学校を出るとスペインに旅立った。

その日から今日までかれの歩みを見つづけてきた同郷の私は、この頃になってようやくかれがスペインという乾いた風土を選んだ必然性がわかってきた。留学の八年間かれはバレンシアとバルセロナに住んでスペイン各地を探訪し、そこにある光と形と秘蔵

された力を描き取ろうとしてきた。日本人の感性を立ちどころに吸いこんでしまうほど生易しくはないスペインの土壌は、

おそらく度々かれを突き放し壁をつくったりしたことだろう。

   そういう格闘をくりかえしつつ「自分の中で息づくスペイン」と出会うためにかれは時間を費やした。

   即決主義を嫌いじっくりと醗酵を待つというタイプのかれは、帰国してからも内景として息づく題材の表現に慎重を期した。

ノスタルジアを抱きつつも対象を甘い雰囲気で包むことを恐れ、スペインの本質に迫る営みをつづけた。

その経緯を見て私は、かれがパリに行って器用な画家にならなかったことをひそかに喜んだ。

 とかく日本人は観光的彩りを帯びたスペインを好む。しかしそれはほんの一部で、真実のスペインはもっと頑固で底が深い。

私もいく度か踏査の旅をしてきてそうだと信じているので、売り物的スペインを描かない松永安正の態度を支持し応援してきた。近年徐々に画面に漂ってくるスペインの屈折した光が、かれの解釈の色を帯びてき始めた。

地味な画風だけど、風土が秘めた力がこちらに伝わってくるようになってきた。

歴史を生きているスペインが、成熟していく画家の内面に確実に棲みついた証拠であろうか。

 

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松永 伍一(まつなが ごいち 1930年 – 2008年)は、詩人・評論家・作家。

 

福岡県大木町出身。八女高校卒。

 

 1955年に詩集を刊行したが、評論を数多く上梓、

「日本農民詩史」で1970年毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 

 農民のほか、切支丹、落人など敗者、弱者への共感を叙情的に歌い上げる作風で知られる。児童文学、美術関係の評論、いわさきちひろの画集編纂、五木寛之との対談、小説など多岐にわたる著述を残した。

 『一揆論』は何度も復刊された。著作集全6巻はその中途里程に過ぎない。また、子守唄研究の第一人者としても知られ、子守唄に関する著書も多い。